特集:みんなが知りたいオーランドとガールフレンド
オーランド初の交際宣言
長かったゴシップ時代を乗り越え、ついに2004年1月、2003年から熱愛報道のあったケイト・ボスワースと交際宣言をしました。その後、くっついたり別れたりといろいろありましたが2006年夏に本格的破局を迎えたようです。2003年からだとすると約4年間。浮いた話の多いハリウッドでは珍しく堅いお二人でした。
ケイト・ボスワース(Kate Bosworth)とは?
本名はCatherine Ann Bosworth、1983年1月2日生まれ、ロサンゼルス出身の女優です。デビュー作は『モンタナの風に抱かれて』(1998年)、代表作は『ブルー・クラッシュ』(2002年)や『スーパーマン リターンズ』(2006年)など。(Wikipediaより)
- 2004年2月タブロイド誌デイリー・スターに掲載された記事。
2月4日のEMPIRE AWARDSの授賞式でケイトにプロポーズする予定。
- 2004年6月日刊スポーツに「ひざまずきプロポーズへ」という見出しで婚約関連の記事が掲載されました。
映画ロード・オブ・リングでブレークした米俳優オーランド・ブルームが恋人の米女優ケイト・ボスワースに間もなくプロポーズすると報道されました。米誌スターによると、ある関係者がブルームが現在撮影中の映画キングダム・オブ・ヘブンの撮影終了から3週間後ぐらいに結婚を「ひざまずいて」申し込むつもりでいると語ったそうです。ブルームは最近のインタビューで、ボスワーズとの遠距離恋愛が非常に難しいと告白。結婚が秒読みとみられていた
- 2004年10月、News of the Worldというイギリスのタブロイド誌に、オーランドがケイトに17万5千ポンドのダイヤモンドのエンゲージリングを贈って、来年の6月にLAとロンドンの2箇所で式を挙げる予定と掲載されたことが発端で世界中に婚約説が浮上しましたがオーランドの広報担当はすばやい対応で否定。
- 2005年1月、オーランドとケイトのパブリシストであるロビンさんがピープル誌に二人の破局をコメントしました。お互いの仕事を最優先したということです。
- 2005年8月、オーランド3回目の来日(エリザベスタウンPRのため)の際、ケイトを同行させていました。その後、東京からシドニーへ飛び、シドニーでのアツアツぶりが報道されました。
- 2005年12月、婚約指輪を物色。結婚秒読みか!?と伝えられました。
オーランド・ブルームがケイト・ボスワースと婚約指輪を選んでいたとイギリスのマスコミが報道した。それによると、ロンドンのニューボンド・ストリートにあるいくつかの宝石店に入り、婚約指輪を試着していたという。特にブルガリとヴァン・クリーフ&アーペルでは、長い時間店内にいたらしい。目撃者によると、二人とも満面の笑みで抱き合ったり、キスをしたりとご機嫌だったという。
- 2006年9月、メディアで破局が伝えられました。しばらくはオーランドのパブリシストからのコメントもなかったようですがケイト側が公表したようです。直前のフジロックフェスティバル(2006年7月28日)でのサプライズ来日でアツアツぶりを多くの人が目撃しているのにもかかわらず、という状況でした。また、破局直後は二人が鉢合わせしないように細心の注意を払っていた様子が報じられました。
下記は破局が報じられた頃に出回った記事です。
ケイト・ボスワース激怒!? オーランド・ブルームは、ジョニー・デップを選んだ!? 2/17
先日突然の破局が伝えられたオーランド・ブルームとケイト・ボスワースだが、破局の原因はオーランドのワーカホリックだった!? 「スター」誌などが伝えたところでは、ケイトはオーランドの住むイギリスに住居を探すなど結婚に積極的で、今年の6月にひそかに挙式を計画しており、幾度となく流れた「婚約」の噂は、彼女の願望でもあったよう。ところが、多忙なジョニー・デップの都合にあわせた格好で『パイレーツ・オブ・カリビアン2、3(仮題)』の2作を、今年の2月から10月まで撮影することになったため、ケイトのジューン・ブライドの夢ははかなく消えてしまった。
以前から多忙なオーランドに対して不満がたまっていたケイトは、オーランドに「デップと私、どっちをとるの?」と最後通告をだしたが、オーランドは仕事を取ったというわけだ。またイギリスのあるコラムニストは、破局の原因を「オーランドの夜遊びが引き金になった」と語っている。折角ケイトの住むロスにきても、オーランドはショーン・ビーンとナイトクラブで遊びまわり、ビール漬けになっていたため、ケイトが激怒。その後、数週間の間疎遠になった2人は、そのまま別れてしまったのだという。
今、ノリにノッているオーランドが仕事を選ぶのはある意味当然!? かつ、この若さとモテブリとなれば、結婚前にもうひと暴れしたいのも納得できるとなると、「結婚するには若すぎた」というのが、結論のよう。それにしても、ケイトは待てなかったのだろうか……、もったいない!? (NY在住 ライター・沙羅美)

この写真は2006年7月1日に撮影されたもので破局直前の二人です。アツアツぶりが影を潜めていますね。余談ですが、この頃オーランドは宗教にハマり、ケイトは激ヤセ真っ只中。よほど精神的に不安定だったのでしょうか?結局、何が原因で別れることになったのか原因は分からないままです。








